まくはりデッセ

Save the lost people
救い飯
CASE.4

久しぶりの休日、川上は成増にやってきた。
もう秋だというのに残暑が厳しい。


成増と言えばこれ…

川上は悩んだ時には敬愛するとんねるず、石橋貴明さんの地元である成増を訪ねることにしていた。

まずは駅に着き本を開く。

「すごいよね、とんねるず」

高校時代から何度も読んだ本だが、読み返すたびに新しい発見がある。

成増駅の階段を降りると「穂の香」というお店が。
これはやはり貴さんの長女「穂のか」さんから取ったのだろうか…

貴さんは穂のかさんの20歳の誕生日に時計を送ったそうだ。
「時間を大切にしてほしい」そんなメッセージを込めたそう。
川上も娘が20歳になったら時計を送ろうと決めていた。

20歳まであと17年か…
次に会えるのは何年後になるのだろうか…
いや、今そこを考えるのはやめよう…

今日川上が成増に来たのには目的があった。
日本三大大仏の一つ、東京大仏を尋ねる為だ。
大仏の鎮座する乗蓮寺行きのバスの列に並ぶ。

川上はバスに乗る時の席は決めている。
最後列の窓側、サッカーファンの間でキングカズシートと呼ばれる、キングカズの指定席だ。

いつものようにキングシートを確保しバスに揺られる川上。
10分ほどしてバスを降り、見送る。


「運転手さん、気をつけて」
どんな時でも他人への思いやりを忘れない川上だった。

バスを降りて住宅街を歩く。

「貴さんもここ歩いたことあるのかなぁ〜」

成増の住宅街を進む川上の頭の中ではとんねるずの「一気」が流れていた。

まだ20代前半の石橋貴明の「押忍!帝京高校出身!東武東上線成増下車!」という雄叫びが脳内再生される。



夏のような日差しを受けながら乗蓮寺への道を進む。








「ちょっと一休み…」
植物園の前のベンチに腰を下ろす。

干物を使った新メニューについて、結局まだ店長とは話せていない。
今のお店「いいとこどり」は元アイドル店長の思いを形にしたお店で、常連さんたちはそんな元アイドル店長を慕っている人が多い。
そんなお店で自分のエゴで干物を出してもいいのだろうか…
川上は葛藤していた。

今日はその答えを求めて成増に来たのだった。
なんとなく、大仏を見たら答えが出るような気がしていた。

乗蓮寺への最後の坂道を上る。

この坂を上れば大仏が見える…

「お、あれかな?」

「おお!おおおお!」

「って、ちょっと見にくいけどあれかな??」

「顔隠れてるけど…」

「でか!」

大仏の正面に出た川上。
大きさに圧倒されつつもまずは写真を撮る…

「大仏さん、ハイチーズ…」

「あ、やばい。それより先に手を合わせないと!」
慌てて賽銭箱に歩みを進める川上。

お賽銭を入れて頭を下げる。

「あれ?ちゃんと賽銭箱入ったかな?」
賽銭箱にちゃんとお賽銭が入ったか不安になり賽銭箱を覗き込む川上。

「ちゃんと入ってないとご利益なさそうだしね!」

賽銭箱への五円玉の入金を確認して、今度こそ手を合わせる川上。

「・・・・・・」

川上の祈りをじっと聞くような表情の大仏さま。


「あ、そうだ!線香もあげなきゃね!」
大仏せんこうを購入し火をつける川上。


そっと線香を備える。

昔、母親に「線香の煙を頭に浴びると頭が良くなる」と言われ、家の仏壇にあった線香に火をつけて頭に寄せて髪の毛を燃やしてしまったことがあった。

チリチリになった頭髪の経緯を友人たちに話すと、その日から川上のあだ名は「青雲」になった。




上級生には「おい川上、幸せの青い雲見せてみろよ!」と散々いじられた。
決して良い思い出とは言えないのかもしれないが、線香から立ち上る煙を眺めていると不思議と心の落ち着く川上であった。

心なしか大仏さまの表情もさきほどより穏やかに見える。

青い空、白い雲…

それは君が見た光、僕が見た希望…

「青雲…」

思わず口ずさみ、川上は大仏さまに別れを告げた。



少し歩くと気になる立て札が…

「がまんの鬼!?」

そこには何かにじっと耐えている表情をした石像が佇んでいた。

「何でも耐える、がまんの鬼…」

よく別れた妻にも「あなたは我慢が足りない」と言われていた。

「よし、この鬼を見習おう!」

「まずは2ショット撮って…」
がまんの鬼と自撮りする川上。

「こんな感じかな?」
がまんの鬼の顔真似をする川上。

「なんか我慢強くなった気がするぞ!」
意気揚々と歩を進めるとまた新たな石仏が現れた。


「知恵を授ける、文殊菩薩さま…か」

とても賢そうな顔をした仏様がそこにいた。

「よし…」
またしても顔真似を試みる川上。

「・・・うん。賢くなったな」

なんとも穏やかな気持ちになったところで、おみくじ百円の文字が目に飛び込んだ。

「よーし、おみくじ引いていくぞ!」


「あ、あれ?」

「やば、百円ないじゃん!」

財布に小銭が無く慌てる川上。
だが、大丈夫。
彼は学生時代のカツアゲ対策で、スニーカーにお金を隠す癖がまだ直っていなかった。

「へへ…」

「じゃじゃーん!百円ゲット!」

ゲットというか、自分のお金なのだが得した気になるから不思議だ。

「どれどれ…」

おみくじを引く川上。




「ふむふむ」

おみくじを開く川上…

「っし!小吉!」

小吉で喜ぶ川上を怪訝そうに神社のおばあさんが眺めていた。

だが、川上にとってはおみくじの最上の結果は小吉なのだ。
それは幼いころ、初詣で小吉を引き、小吉という良くも悪くもないような結果に肩を落としていた彼に祖母がかけてくれた言葉の所為であった。
「民生、小吉はね“背負う(しょう)”吉なの。あなたは今“吉”を背負ったの。これから幸せがついてくるわよ」
落ち込む川上に祖母はそう声をかけてくれた。
その時から、川上の中で小吉は大吉を超えたのだ。

そんな小吉を引いた川上。

「よし。せっかくだから記念撮影して帰るぞ!」

不思議なものでおみくじで良い結果が出ると「なんかうまくいくんじゃないか」という気がするもので…
心が軽くなった川上は最寄駅、下赤塚まで歩くことにした。
歩き始めると、ふと「麺工場」なる看板が目に飛び込んだ。

「え?麺工場?」

「いいね、いいね、麺!」

看板を覗き込む川上。

「あ、ここで食べれるわけじゃないのね」

今すぐラーメンを食べたい気持ちを抱えながら下赤塚の商店街を歩く川上。

「そういえば…下赤塚にはあれがあるよね!」

それは川上が心から愛する中華料理店、福しんのことだった。
普段、自宅近くの福しんに通い詰めている川上。
下赤塚にも店舗があるのはボンヤリと知っていた。

「どこだ、どこだ〜」

気分はすっかり福しんモード。
商店街でお店を探す川上。

「ここらへん、ありそうだけどなぁ〜」

「え?!」

「うそ!パーカー285円!」

パーカーが285円で売られる街、下赤塚。
まさに価格破壊の街、下赤塚。


「この感じ、近いぞ…」

「ほらぁ、あった!」

見慣れた青い看板を見上げて安堵の表情を浮かべる川上。
彼にとって福しんは実家にも等しい、落ち着ける場所なのだ。

「ここの福しん、綺麗だなぁ」

店内に入り、メニューに目を通す川上。
下赤塚店は初めて訪れる店舗だ。

「メニューに変わったとこはあるのかな…」

「お、ここの福しんもやはり…」

「うん、やはり素晴らしい…」

福しんではどの店舗でも調味料や箸などは清潔に整然と並べられている。
本当に好感度の高いポイントだ。

「さて、今日はどうしようかな…」



「やっぱ、ここは定番のチャーハンで…」

「おともラーメンは必須だよね。ていうか、ラーメン百円ってホントどうなってるんだろう」

福しん看板メニューのチャーハンに驚愕の価格設定「おともラーメン」を添える川上。
これが彼の福しんでの勝ちパターンだ。

「きたきたきた!ていうか、このボリュームでラーメン百円って!!!」

「もう金銭感覚狂うよ!普通の金銭感覚サヨナラだよ!流れる季節に君だけ足りないよ!」

チャーハン450円におともラーメン100円…
おともラーメンとは麺半玉ともやしというシンプルながらもボリュームたっぷりの福しん最強のサイドメニューだ。
これが百円とはにわかに信じ難い。

「これなら390円って言われても払うよね…」
川上がそう言うのも頷ける。

そしてチャーハンも味、ボリュームともに申し分ない一品だ。
「やっぱ福しんのチャーハンはさ、火力が違うよね!火力が!」
誰に話かけるでもない、川上の独り言がいつになく流暢だ。

「まずは水を飲んで…」

「いただきます!」

「あ、でも喉乾いたし、もう一回お水飲んで…」

「いただきます!」

チャーハンを頬張り、至福の表情を浮かべる川上。

「うまい、うまいよ。」

「ラーメンも、まずはスープを…」

「うめぇー!」

「くぅー、これで百円って、どうーなってるの!だよ!」

「どうーなってるの!ってもう、こたえてちょーだいだよ!小倉さん!川合さん!」
感動のあまり懐かしいフジテレビの情報番組名と司会者名を連呼する川上。

そんな川上の脳裏にある考えがよぎる。
確かに福しんのラーメンは美味しい。
だが、自分をここまで感動させるのは百円でこのラーメンが食べられるというお得感。

今日は百円を何度か使った。

大仏せんこう、おみくじ、そしておともラーメン…

百円で線香をあげて立ちゆく煙を眺めながら過去の思い出に浸り、
百円で小吉を引いて少し心が軽くなり、
そして今百円でおともラーメンを食べて、空腹を満たしている。

たった三百円でこれだけの経験が出来たのだ。
幸福はお金の大小ではない、少ない額でも、どのように幸福と感じる体験に結びつけるかだ。

「百円か…」

川上は考えていた。
いかにすれば少ない額で、お客さんに満足してもらえる体験を提供できるのか。

「体験をセットにするということか…」

川上の頭にボンヤリと「料理×体験」という言葉が浮かんでいた。
だが、まだその輪郭はハッキリとは見えない。
彼はきっとこの先、その答えを探していくことになるのだろう。

「あ、それはそうと、考え事してたら冷めちゃう!」

川上は欲求に素直で切り替えが早い。
急いでまだ熱いチャーハンを掻き込む川上であった。

「しかし、うまいな…」

チャーハンもおともラーメンもあっというまに平らげる川上。

「スープもいただいて… ズズズ…」

「うめぇーーーー!」

「ふー、これは満足だわ。」

「あ、お水飲んで…」

「ごちそうさまでした!」

お会計に並び、レジに打ち込まれる数字を見て再び驚く川上。
「これで550円…」

店を出て満足気な表情を浮かべる川上。

「やっぱ福しん最強だな」

川上には福しんがよく似合う。

「さて、帰るか…」

商店街を駅に向かう川上。

踏切で立ち止まり、フト考える…




川上の本懐は干物をたくさんの人に食べてもらうこと。
彼はいままでひたすら干物を干してきた。

だが、飲食店で働くようになりわかったことがある。

それは、目の前で料理を食べて幸せそうな顔になるお客さんの顔を見ることが、何よりの幸せだということだ。

「もしかしたら、俺は飲食店こそやりたかったのかもしれない。自分の干物をたくさんの人に食べてもらいたい。そして、出来るならその顔を直に見たい」

たった今、福しんでの食事で幸せになった自分。
その自分と同じ経験をたくさんの人に感じてほしい。

川上の前を電車が速度を上げて横切る。

踏切の上がった路上に決意を秘めた表情の川上がいた。

「よし…、やってみよう」

彼はある決心をして、一歩を踏み出した。


これから川上は新たな挑戦をすることになる。

35歳の彼にとってそれは簡単なことではない。

だが、何かを始めるのに遅すぎることはない。

辛いなら、敬愛するキングカズの背中を見ればいい。

50になっても60になっても、現役でやってやる。

溢れる情熱が、固い決意が彼をつき動かそうとしていた。

晴れやかな心とともに、強さを増す日差しの中を歩き続ける川上であった。






「…あ、道間違えちゃった」

前途は多難だが、がんばろう。



■救い飯シリーズ一覧
CASE.1 かいどう >> CASE.2 いいとこどり >> CASE.3 「再会」〜前編〜 >> CASE.3 「再会」〜後編〜 >> CASE.4 福しん >>

川上の新たな決意とは…
自ら飲食店を開業する
千葉に戻り百円ひもの屋を開業する
「いいとこどり」で百円メニューを出す
「福しん」に就職する
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