まくはりデッセ

Save the lost people
救い飯
CASE.3 〜後編〜

久しぶりの休日。
偶然再会した中学時代の同級生、中村洋平(通称むらへい)と俺はむらへいの部屋で晩飯を一緒に食べることにした。

二十年振りの再会だ。
積もる話はたくさんある…

「ここから2分くらいだから」
そう言って向かったむらへいのマンションはそこからきっかり徒歩2分…
相変わらずこういうところも細かい奴だ。

「散らかってるけど、上がってよ」



「おじゃましまーす…」



むらへいの部屋はよく片付いていた。
理屈っぽいだけでなく、神経質なやつだったもんなぁ…
体育の授業の後でいつもジャージちゃんとたたんでいたし…
そんな記憶が蘇る。

むらへいは料理に凝っているらしく、台所にあるもので何か作ってくれるという。

「そんな凝ったもんじゃなくてもいいからさ! 適当でいいよ、適当で!」


「おお、ちょっと待っててよ!
ちゃちゃっとカツオのカルパッチョとローストビーフとアボカドのサラダ作るからさ」


「まずはカツオ切って…」

「お、わりといいカツオだったな…」

「凄いなお前!!」
料理を思わず覗き込む川上。
海鮮には慣れているが、魚は干す専門なので生鮮の調理は新鮮だ。

それとローストビーフと…

お、これもいい肉だ…

料理×イケメン…
元アイドル店長もそうだが、料理が出来るからイケメンに見えるのか…
イケメンだから料理もうまく見えるのか…

「おっし、あとはまぁ薬味を少し…」

「とりあえずこんなもんかな…」
むらへいの作った料理がテーブルを彩る…



「おっし! それじゃ乾杯だ!川上!」

「おう! それじゃ、俺たちの再会に!」

「乾杯!」「乾杯!」

そして、彼の作った料理で一緒にお酒を飲んだ。
今日感じた胸騒ぎはきっとこの再会を予感してのものだったのだろう。

何故かいつもの発泡酒ではなく、特別なビール…
サントリー「MASTER’S DREAM」を無意識に購入してしまったのも頷ける。
人生はこれだから面白い。

「いただきまーす」

「うめーーーーー」

「おおー、やっぱこれいけるわ!」

約20年ぶりに会った旧友だが、
お互いの20年の出来事を話すわけでもなく、
ただただ中学時代の話に花が咲く。

「いやー、お前が突然あの短パン履いて登校して来た時はマジで驚いたよ!」

「実は家出る時に親父に止められたんだよね。でも母親がさ…
<あなたの名前は太平洋から名付けたのよ。自分の海を自由に行きなさい…>って言ってくれてさ。決まったんだよね。自分の中で。好きなことをして生きていこうってさ」




「そっか。いいお母さんだな」

「まぁでも、あれで誰も俺のALONEを聞いてくれなくなっちゃったからなぁ」
「まぁ、衝撃だったからな。俺たちがせめて高校生ならわかってやれたんだろうけど」
「本当にALONEになっちゃったな」
「だな!」

あの悲劇を二十年という歳月が笑い話に変えてくれた。
なんて素敵なことなんだろう。

そして、むらへいは今でもミュージシャンとして夢を追いかけているそうだ。
相変わらず眩しいやつだ。

ギターを取り出し、歌い出すむらへい。

相変わらず上手い…
そりゃそうか。
プロなんだもんな。
お前は凄いよ、むらへい。

「川上は? まだ干物干してるんだろ? お前の作った干物おいしいもんなー」

むらへいの言葉が川上の心を引き裂く。

川上はむらへいに親父が死んで工場が潰れたこと、再就職先が見つからず苦労したこと、そして今は焼き鳥屋で働いているという話をした。
すると、むらへいはしっかりとその言葉を噛み締めた後にゆっくり口を開いた…


「でもさ、干物はまだ干せるよね? 干そうと思えばさ」


「え?」

むらへいが何を言っているのか最初はわからなかった。
ただ、まばたきほどの時間の中で、頭を高速で回転させて一つの答えがぼんやり見えてきた…

「ま、難しく考えずに今日は飲もうぜ。
あ、ボンゴレ作ろうか? めっちゃうまいんだから!」

そう言ってむらへいは再びキッチンに向かった。


「もう少し炒めるか…」


「よし、いい感じ…」

むらへいがボンゴレを作る間、考えた。

確かに…干物を干すのをやめたのは誰に言われたからでもない。
自分で選択したことだった。
今でもその気になれば干すことはできる。
俺が干そうと思えばいいだけなんじゃないのか?

俺が勝手に諦めただけなのか…

「ん? なんだこれ?」

それはむらへいの自主制作CDの販売POPだった。

「あぁ、それね。ずっと応援してくれているファンの方が作ってくれたんだよ。ありがたいよね、こんな俺をずっと応援してくれてさ。あ、出来たよボンゴレ」

ボンゴレの仕上げをするむらへい。

むらへいは料理だけでなく、CDの制作や販売も全部自分でやっているらしい…
自分の人生に責任を持っているんだな、お前は…

「メジャーでやってる時はレコード会社がやってくれたんだけどね。まぁ、自分で出来ることは自分でやらないと! あ、それよりこれ見てよ! この稲葉さんやばいよね!! これだけ動いてよくこんな声出るよなぁ」

【人生を明るいと思う時も、暗いと思う時も、 私は決して人生をののしるまい】

それは有名なドイツの作家、ヘッセの言葉だ。
二十年前と変わらずB’zのライブ映像に瞳を輝かせるむらへいを見て俺の頭にはこの言葉が浮かんだ。

仮にも一度はドラマ主題歌でのメジャーデビューを掴んだ男だ。
そのあとの苦労の道のりを察すると、投げ出したくなることもあったのだろうと思う。
だが、目の前のむらへいはB’zに憧れてミュージシャンを目指していたあの頃と同じ目の輝きを持っている。
こいつはきっと、いろんなことを乗り越えてきたんだろうな…
むらへいのこの二十年に思いを馳せる…

ふと顔を上げるとむらへいが聞いてきた。
「あとさ、スイカあるけど食べる?」

食後のデザートまで用意されているとはなんて気の利く奴だ。

「お、スイカうまい…」

「俺は一生音楽やっていこうって決めたんだよね」

スイカを食べ終えたむらへいが真剣な眼差しで語り出した。

「俺さ、ここに来るまでに本当にいろんな人にお世話になってさ。その人たちに恩返しするまではやめられないよね。絶対に」


そういってむらへいは再び歌い始めた。
曲は何故かあみんの「待つわ」だった。

「♪わたし待つわ いつまでも待つわ…」

そうか…
むらへいは待つんだ。
いつか、自分の歌を聞いてくれる人が現れるまで。

歌い終わったむらへいに惜しみない拍手を送る川上。

むらへい…
お前は俺の中で稲葉さん以上のボーカリストだよ。
二十年経った今も。

「やってみるか…」
元アイドルイケメン店長に干物をメニューで出せないか聞いてみよう…
川上はスマホを手にとり店長にメールを送った。

干物が自分から離れていったのではない…
自分が干物から離れていったのだ…

干物の神さまが許してくれるかどうかはわからないが、もう一度干物と向き合ってみよう…

そう決意した川上であった。
旧友との夜は静かに更けていった。



注:今回の救い飯はフィクションとノンフィクションが複雑に交錯しています。

■救い飯シリーズ一覧
CASE.1 かいどう >> CASE.2 いいとこどり >> CASE.3 「再会」〜前編〜 >> CASE.4 「再会」〜後編〜 >>

今回の料理で美味しそうだったのは?
かつおのカルパッチョ
ローストビーフ
トマトサラダ
たこの刺身
ボンゴレ
MASTER'S DREAM
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