まくはりデッセ

Save the lost people
救い飯
CASE.3

焼き鳥屋「いいとこどり」で働き始めて1ヶ月が経った。
来る日も来る日も焼き鳥を焼き続けて、今日は1ヶ月ぶりの休日。

最近、「いいとこどり」の近くの駅に引っ越した。
急行も停まるとても人気の駅だそうだ。

海の気配は感じないが、空気が穏やかでとても気に入っている。

今日は駅前のスーパーで発泡酒を買って、久々に家でゆっくり晩酌をしよう…

無理して2Kの部屋を借りて、いつでも家族3人での生活を始められるように準備は万端だ。
しかし、家族揃っての晩餐はまだ先の話…

よく利用するスーパーは物価も安くとても助かる。
いいとこどりの元アイドルイケメン店長は気前良く店の残りをくれるので、今日の晩御飯も焼き鳥だ。
発泡酒を買いに店に入ったのだが、何故かサントリーの高いクラフトビールを買ってしまった。
久々の休日で気持ちが高揚していたのだろうか…

なんか買い忘れてないかな…

いや、ダメダメ。
そういってまだ無駄なものを買ってしまうのが良くない癖だ。
思い出さないということは、緊急に必要なものではないのだろう。

いや、でもなんか買い忘れたような…


まぁ、いいか…

それにしても何か今日は胸騒ぎがする。
空の色、風の匂いも何か遠い故郷を思わせる懐かしい気配を感じる。

なんだろう…

うっかり付けてくるのを忘れた指輪の跡の違和感がそうさせるのか…

いや、そもそも指輪を付けている方が違和感なのだ。
きっと、安定した暮らしを手に入れた安堵感で故郷の空気を感じているのだろう…

穏やかな気持ちで駅から徒歩38分の我が家に向けて歩みを進める。

それにしても最近は気持ちが安定してきた。
元アイドルイケメン店長はいい人だし、お店の常連さんも皆楽しい人ばかりだ。
給料は高くはないが、気持ちの充足感は何ものにも代え難い。

最近は学生時代によく似ていると言われた、橋下徹元大阪府知事に似ているとまた言われるようになってきた。
気持ちが落ち着いてきて、顔つきが昔に戻ったのだろうか。

夕日が眩しい…
こんな穏やかな気持ちで帰路を夕日に照らされるのはいつぶりか…

とはいえ徒歩38分はやっぱり遠いな…



全然着かないな…


少し休むとしよう。

やっぱもうちょっとだけ近くても良かったかな…
でも2Kで家賃2万3千円ってなかなかないしな…

それにしてもやっぱ家賃2万3千円って安いよね。
何か曰く付き物件なのだろうか…
まぁ、気にしても仕方ない。
自分はただ毎日を精一杯生きるだけだ…
そう言い聞かせて再び歩き出す川上。


「あれ?こんなとこに駐輪場あったっけ?自転車保管所?」


なになに…
自転車を盗んだ場合10年以下の懲役!?

やっぱ自転車って盗んじゃいけないのね。
いや、盗んじゃいけないのはわかっているんだけど、
そんな怒られるやつだったのね。

くわばらくわばら…
やっぱ人のものは盗ってはいけないのだ。

そういえば高校の同級生に桜庭裕一郎の「ひとりぼっちのハブラシ」借りたまんまだったな…
あれも返さないと盗ったことになっちゃうな…
今度返しにいこうかな…いや、でも改めて考えると今の自分にぴったりの曲だ。
返す前にまずもう一度聞いてみよう。

それにしても地元の同級生か…
懐かしいな。
皆、今ごろどうしているのだろうか…

「♪歯ぁぶらし〜はいつものようにぃぃ〜」

桜庭裕一郎を口ずさみながら、ムコ殿とムコ殿2はどっちが竹内結子だったっけ?
好きだったなぁ竹内結子…と学生時代に思いを巡らせる。



「あぁ!!!!」

「そうだ!歯ブラシ買わなきゃいけないんだった!」


先ほどのスーパー後の違和感の正体に気付いた川上だった。

一昨日、お風呂場の細かいタイル目地のカビ汚れがどうしても気になって歯ブラシを使って掃除をしてしまったのだった。
「あぁ、やってしまった…新しい歯ブラシ買わなきゃ」と今日の昼まで覚えていたのに。

「歯ブラシはまた今度だな…今日はキシリトールガムいつもの倍噛まないと…」

フト立ち止まり考える…
もう35歳、家庭を持っている人がほとんどだろう。
きっと世間ではお風呂掃除は奥さんがやってくれるし、夫がやるにしても「今日はお風呂掃除はあなたの担当ね」みたいなやりとりがあるのだろう。それに歯ブラシだって古くなったのに気がつけば新しいのをいつのまにか用意してくれているのだろう。
いや、自分だって少し前までは温かい家庭があったのだ。

不意に川上をえもいわれぬ寂しさが襲う。

思えばここ一ヶ月は常連さんに囲まれて賑やかな日々を過ごしてきた。
今日は一ヶ月ぶりの休日だが、それは即ち一ヶ月ぶりの孤独な夜ということであった。

この一ヶ月、自分は一生懸命働いた。
だからこそ、この一ヶ月の出来事を誰かに話したい衝動に駆られていた。

元アイドルイケメン店長は筋トレにハマっていて「川上くん、焼き鳥焼くのも筋肉だからさ」と開店前に業務用のビールサーバーをダンベル代わりに筋トレをしている。

常連の松田さんは最近お気に入りのアイドルが結婚宣言したらしく、そのショックで引きこもりになり勤め先のゴールドマンなんとかクス証券という会社を辞めてしまった。
そんなすぐ辞めてしまうくらいだから、たいした会社ではないのだろうけれど…

広島カープファンの竹下さんは開幕前に酔っ払って「広島が1勝するごとにスマホゲームに1万円課金していいぞ!」と子供に約束してしまったそうで、広島が既に52勝してしまった為に定期預金を崩したそうだ。
ちなみに竹下さんの子供は4人兄弟だ。
同じく常連の梅本さんに「でも上の二人は嫁さんの連れ子だろ?そいつらは半額の5000円でいいんじゃないのか?」と言われた時には「子供は親を選べないんだよ!」と突然キレて梅本さんをボコボコにしてしまった。きっと竹下さんの中では4人とも大切な子供なのだろう。

翌日梅本さんが松葉杖をつきながら店にやってきて「悪かった。足しにしてくれよ」と図書券3万円分を竹下さんに渡すのを見た時には常連さん同士の絆の強さを感じて「あぁ、ほんといい店だなぁ」と感動したものだ。
これに関してはその行為にも感動したし、図書券が60枚束になっている光景にも感動した。
そんな大量の図書券は初めて見た。

そんな話を誰かにしたかった。
勿論、出来ることならば愛する妻と娘にそんな話をしたかった。

 「やだ、お父さんも筋トレ始めたりしないでね。影響されやすいんだから」
 「いやいや、俺はやらないよ。手を痛めたら干物干せなくなっちゃうだろ」
 「あれ?もう干物干さないんじゃないの?」
 「いや、いつでも現役復帰出来るように準備はしておかないとさ!」

食卓を囲んで奥さんとそんな話をしたかった…

「まぁ、無理か…はは…」

川上の気持ちをまた暗闇が支配していく。
せっかくの休日を暗い気持ちで過ごしたくはないものだ。
誰かと話せればこんなに塞ぎ込むこともないのだろうけれど…

そんな時、川上の視線の端を横切る影があった。

「お、鳩だ…」

唐突に路上に現れた鳩…

「ペットか…ペットもいいな。おーい、鳩。こっちおいで。」

今夜は鳩に話を聞いてもらおうと、鳩捕獲に乗り出す川上。

そっと鳩に近づく。


「わ…」

川上をあざ笑うように飛び立つ鳩。

みるみる小さくなる鳩を見送り深いため息をつく。

「せめてお前は家族の元に帰ってくれよ…」

既に見えなくなった鳩に向かって心の中で祈る川上。

ここから家まではまだ徒歩25分はかかる。
陽もだんだんと傾いて来た。


再び歩き出し、長い階段を登り家路を急ぐ川上。




しばらく歩くと重そうなギターを背負って歩いている男性が目に止まった。

「ミュージシャンか…大変だなぁ」

「あんな重そうなギターわざわざ運ぶなんてやっぱ売れてないんだろうな」

見ず知らずの男性に心で語りかける川上。

「売れてたらタクシーだよね、やっぱ。普通さ、ミュージシャンはタクシーだよね」


「どうせ学生時代はモテたんだろうね。ギター弾いて歌って、女子から文化祭でキャーキャー言われてさ。そんな人生甘くないんだよ」

ミュージシャンの男性を見ながら、川上は文化祭を思い出していた。

「文化祭か…」




高校2年の文化祭で川上は干物屋を出店した。
川上のクラス2年H組は当時大人気だったテレビ番組「学校へ行こう!」の未成年の主張というコーナーを捩って、来場者が好き勝手なことを叫ぶという企画展を開催した。

だが川上はそこに同調せず、たった一人で「干物屋へ行こう!」という屋台を出店したのだった。
企画名をクラスの企画に寄せたのは川上なりのせめてもの筋の通し方だった。

同級生は誰一人来てくれなかったが、普段は寡黙な書道部顧問の滑川先生が川上の干物を食べて「お前は天才か!」と大声で叫んだ。
それが評判となり教職員、学食のおばちゃん、保護者など40代、50代を中心に川上の干物屋は大繁盛となり用意した20キロの干物は完売御礼となった。

思えばその評判が「房総日報」の「今月のニューカマー」に干物界の超新星現る…と取り上げられたことがきっかけとなり、川上は本格的に干物屋への道を歩くことになったのだ。

…高校時代の記憶が次々と蘇る。

自分にもいろいろとあった、きっとこいつも大変な人生を歩いてきたんだろうな。

勝手に見守る親のような気持ちになる川上。

ふとこの男の顔が見たくなった。

信号待ちでその男性と並ぶ
ちょっと覗き込んでみる。

「どんな顔かなぁ〜」

「ん?」

「ええ?!」

「む、むらへいじゃん!」

反射的に覗き込むとそこにいたのは見知った顔だった。

「おー、川上」

そこにいたのは、中学の同級生「中村洋平」略してむらへいだった。
彼はイケメンでサッカー部で成績優秀。
しかもギターを弾いてB’zの「ALONE」を歌うその姿は全女子生徒の憧れだった。

しかし、ある日、彼は稲葉浩志に憧れ過ぎてピチピチの黒革の短パンを履いて登校し、全女子生徒から顰蹙を買い、そのショックで登校拒否になってしまったのだ。。

ただ、川上は知っていた。
あの日彼が履いてきたピチピチの黒革短パンは稲葉浩志ではなくて、ガンズのアクセル・ローズに憧れてのものだったことを。

「俺だけはわかっているよ」そう彼に伝える事も出来ないまま、いつの間にか彼は転校していた。

一度、むらへいと語り合ったことがある。

生粋のチャゲアスファンだった俺は、B’z好きの彼とはよくぶつかっていた。
時には胸ぐらを掴みあった。

Mステのオープニング映像を何度も何度も繰り返して見ては、タモリさんを基準にして飛鳥さんと稲葉さんのどっちが身長が高いかの議論を繰り返した。

確かに顔は飛鳥さんの方が大きい。
だが身長も僅かながら飛鳥さんの方が高いはずだ。
稲葉浩志さんの靴はいつもレザーが光ってトンガっていた。
横浜国立大卒の稲葉さんにそんな靴を履かれたら、第一経済大卒の飛鳥さんには抗う術がない。
あの靴を稲葉浩志から脱がすことが出来れば、飛鳥涼の勝利は間違いなかった。

時にはミュージシャン身長論争に尾崎豊ファンの同級生が割って入ってくることもあったが、尾崎に関しては身長の比較資料が無い為そこで争いになることはなかった。

やがて身長論争のネタが尽きるとなんでわざわざ「愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけない」の発売を「YAH YAH YAH」の二週間後にぶつけてきたのかという議論になった。
チャゲアス史上最大のヒットとなった「YAH YAH YAH」は初週70万枚に続き、発売翌週も40万枚のセールスを上げたにもかかわらず、当時唯一チャゲアスと向こうを張れたB'zの新曲発売により3週連続1位を阻まれたのだ。「愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけない」はその後4週連続1位となる。

俺とむらへいはその週のMステでタモリさんが稲葉さんに投げかけた「いやーチャゲアスの1位はしばらく続くと思ったんだけどねー」というコメントを、あれはチャゲアス好きのタモリさんからの「余計なことしたねー」という皮肉なんだ…いや、あれは当時無敵だったチャゲアスをよく止めてくれたねーというB’zへの賛美だ…と、日が暮れるまで言いあった。

結局いつまで経ってもその結論は出ず、最終的にはお互いが好きな内田有紀のデビュー曲「TENCAを取ろう!-内田の野望-」を一緒に口ずさみながら下校して仲直りしたものだ。

だから、俺にはわかっていた。

彼はB’zファン道を突き詰めていくうちにガンズアンドローゼスに辿り着いてしまったのだ。
ホットパンツでステージを駆け回るアクセル・ローズに痺れたむらへいは近所のジーンズメイトで黒のレザーっぽいビニールのホットパンツを購入したのだ。

しかし彼は悩んだ。
自分が誰よりも尊敬するのは稲葉浩志さんであり、心変わりは許されない。

その刹那、むらへいの中では稲葉浩志さんへの強烈なリスペクトとガンズの重厚なサウンドへの畏怖の気持ちがぶつかり合い、悩み、苦しみ、彼は結果としてアクセル・ローズと稲葉浩志への自らの変わらぬ尊敬の意思表示として黒革の短パンを履いて登校したのだ。

そうして校門を抜け5分も経たないうちに女子生徒の悲鳴が校舎に響き渡り、同時に彼の華々しいモテ期オールウェイズな中学時代は幕を閉じた。

その後、彼から一度だけ年賀状が来たことがある。

  あけましておめでとう。
  川上、お前は間違ってはいない。
  誰も一人にはなりたくないんだ。
それが人生だ。
わかるか?

およそ新年の挨拶と関係の無いその文面だが、俺はすぐにわかった。
当時、高校に進学し、同級生に尾崎豊のアルバム「誕生」を借りたばかりだった俺は、その年賀状のセリフが全て尾崎の「誕生」の歌詞だということに気がついてしまった。

きっとむらへいは、高校に進んで尾崎豊と出会ったのだろう。
誰かにこの尾崎の言葉を贈りたかったのだろう。
しかし都内でも有数の進学校に進んだというむらへいの周りには、人生を間違ってしまった同級生は見当たらなかったのだと思う。
そこで、自分の知り合いで一番人生を間違っていそうな俺のところにこの年賀状が来たのだ。

そしてむらへいはチャゲアスに全てを捧げていた俺が、まさか尾崎を聴いているとは思わなかったんだろう。

時の流れは残酷だ。

「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也…」

俺たちは人生という旅の途中にいる。

同じところに止まってはいられない。

高校に進んでしばらくして、尾崎は全て聴いた。

いつもまでも学生服のワイシャツの上に親父のコートを着て、前から扇風機当ててパタパタさせて、右手を突き出して「やーやーやー やー やーやーやー」とか歌っているわけにはいかない。
小学生の弟に無理やりサングラスをかけさせて「お前チャゲやれよ!」と強引にチャゲパートを歌わせているわけにもいかない。


俺もむらへいも変わり続けているんだ。


その後、むらへいがミュージシャンになったという話は聞いた。

なんでもイケメン4人でグループを組んで、大手のレコード会社からデビューしたらしい。

その話を聞いた時、自分のことのように嬉しくなった。
いつか、東京ドームでライブでもするのなら見に行ってやろうと思っていたが、
その数年後に早々と解散してしまったとのことだった。

そこからは消息不明だった。

そんなむらへいが今目の前でギターを背負って立っている。

「む、むらへい!久しぶり!元気か!」

「おー、川上!
いや、元気というかまぁ、見ての通りどこも怪我してないし、5キロくらいあるギターケースを2つ持って歩いているわけだから、健康ということは推し量れるよね?その上で「元気?」って聞いているということは、それは精神的な意味で元気かどうかを尋ねているのかな?そのあたりしっかり説明した上で質問してくれないと、こちらも答えられないよね?」

「・・・・む、むらへい」



むらへいは相変わらず理屈っぽいやつだった。

「俺さ、今ここからあっちの方に歩いて21分先のあたりに住んでるんだよ!」

「そうなんだ。俺はこのすぐ先だよ!」

それから俺はむらへいの家に招かれた。
思いがけない旧友との再会に心が弾んだ。

「ギター持つよ」
「おー悪いな!」

「お前変わらないなー。相変わらずイケメンだわ」
「そうか?」

「お前は…そんなに橋下徹に似てたっけ?」
「最近よく言われるよ」

夕闇迫る道を俺達はむらへいのマンションに向かって歩いた。


つづく

■救い飯シリーズ一覧
CASE.1 かいどう >> CASE.2 いいとこどり >> CASE.3 「再会」〜前編〜 >>

川上は橋下徹元大阪府知事に…
似ている
似ていない
むしろ見栄晴さんに似ている
中西哲生さんにも少し似ている
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