まくはりデッセ

Save the lost people
救い飯
CASE.1 かいどう

川上民生(34)、3年前に他界した父親から引き継いだ干物工場が破産。

家族を養う為に干物への未練を断ち切り、再就職を志し職安に通うも就職面接は136連敗中。

思えばここまで干物一筋十六年、大学にも行かずにひたすら父親の下で磨いた特技は「どんな干物も一夜で天日干ししたかのようなシズル感を演出すること」、しかしながら再就職の門を叩いた一般企業にこの特技が受け入れられることはなかった。

1年前、就職活動をあきらめ、買い手の無い干物をひたすら干し続ける川上に愛想を尽かして妻と幼い子供は出ていった。

それから川上は一念発起、かつての温かい家庭を取り戻す為に懸命に就職活動を続けたが、遂に今日137社目の不採用通知を受け取った。


都会の喧噪の中で故郷の海と温かいかつての家庭を想う川上…

「何もうまくいかない…」



このまま歩道橋から飛び降りれば楽になれるのだろうか…

明日から何をすればいい…



もう千葉の1Kアパートには食べる物もない…


自転車でも盗んで刑務所に入れば食べ物はもらえるのか…

「この自転車高そうだし売れるかな…」



やるか…

「あ、ダメだ…背後に視線を感じる…」



何をするでもなく都会を彷徨う川上…


何かまだ食べれるものあるかな…

いや、ダメだ…
いくらなんでもそこまでは…

まだ財布に500円くらいならあるし。


目的もなく右往左往、
どこだ行き先、ここ通ったついさっき…知らない人がこっち向いたり…

ひたすら街を徘徊する川上…


歩く



まだ歩く…



そう、自分はまさに一方通行の入口にいるのだ…
「明日はどっちだ…」
そんな真心ブラザーズの歌詞のような心境だ。



そんな彼の目に突然飛び込んできたのは…




「か、かいどう」



そこにあったのは幼い日に父親に連れられ、干物の行商で渋谷を訪れた時に立ち寄った定食屋


「もう死のう」


そう想っていた川上の目に飛び込んで来た、父親との思い出の店。


「え? かいどうってここだったの!?」


財布の中には残り500円…
ここで食べてしまっては家に帰ることが出来ない…


それでも川上は迷わずお店に進む。
まるで父親に手を引かれるように…



「いらっしゃいませ」と書かれた排水溝の蓋が迎えてくれる。

こんな自分を…



懐かしいメニュー、あの日と変わらぬ店内。



人生に希望を失った川上が最後に選んだ食事、それは「かいどう」のラーメン。430円。



懐かしいシンプルなラーメンを目の前にして思わずにやける川上。



懐かしさと共にあの日の記憶が蘇る…

シンプル極まりない東京ラーメン。

美味しそう…


よし、食べよう…


でもまずはお水を飲む川上。

「のどかわいちゃったからね」


そしてちゃんと胡椒を振って…


スープを飲んで…


麺をほぐして…



ちょっと胡椒かけ過ぎちゃったから、もっかいお水のもうかな。

よし、水分補給はバッチリだ。


もう一度胡椒を振って…



いただきます!




「うまい!」


川上の記憶に懐かしい味と共に父と過ごした日々の思い出が蘇る…


懐かしい味を堪能した彼を待っていたのは、不思議とみなぎる気力…

明日へ向かって「生きたい」という力。




そうだ…


あの日の親父もそうだった。


「干物売れないなぁ。このままじゃ父さんが干上がっちゃうな。」
それが父親の口癖だった。


そんな親父に僕はいつも
「父さん、干物ならせめて天日干しだね! 冷風乾燥は食感がイマイチだから!」
とつっこんでいた。


そんな僕に父親は「民生は日本一の干物屋になりそうだ!」と嬉しそうに笑っていた。


お金はなかったけど、毎日が楽しかった。





「もう一度がんばってみよう」




親父との思い出の店でご飯を食べた川上にそんな気持ちが芽生えてきた。

店を出た時、川上は人生にやる気を取り戻していた。
そんな川上を讃えるように陽の光が差し込んで来た…



降り注ぐ日差しに川上はメガネをはずした。


かいどうを後にすると、川上はしっかりとした足取りで歩き始めた。





彼の人生最後の食卓は、まだまだ先になりそうだ。




それでは素敵な食卓を。




人はとりあえずお腹いっぱい食べることによって…
元気が出て救われると思う
満腹になったくらいじゃ救われないと思う
そもそも失業しないように、毎日の仕事をきちんと頑張って誠実に生きるべきだと思う
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