「まくびーくん! 今日は下北沢へ行くわよ!」
しもきたざわ。そこはかとなくお洒落な匂いのする町の名前だ。でもどうして下北沢なんだろう?
「私の知り合いのお兄さんが出ている舞台を見に行きたいの。お芝居よ」
「お芝居? ぼくも一緒に行きたい!」
お芝居と聞いてびびっと来た。初めてのお出かけは下北沢に決定! ゆりこおねえさんも満面の笑み!
「さあ、出かけましょう! 下北沢までは遠いから電車で行くわよ!」
「よし!行くぞ!」
ゆりこおねえさんと僕は気合を入れて駅へ向かって歩き出した。
「駅までの道は人がいっぱいだなー」
「皆がまくびーくんを見てるわね。人気者なのね!」
そして駅に到着。
初めて見る駅は人がいっぱいで驚いた!
さぁ、いよいよ初めて電車に乗れるぞー!
「え!?なんてことなの…」
「ゆりこおねーさん、どうしたの?」
「駅の入り口が階段とエスカレーターだわ!まくびーくんは階段とエスカレーターは乗れないのよ!」
「え?そうだったの?!」
なんと僕は、体が大きいから駅のエスカレーターに乗れない……
そして、足が短くて階段も登れないらしいんだ……
ゆりこおねえさんも電車を楽しみにしていたのだろう…
見たこともない表情をしていた。アイシューカン漂うっていう表現がぴったりだ。
ぼくも初めての電車を楽しみにしていたから、残念だった。
(もしもぼくに眉毛があったら、八の字に下がっていたと思う)
ショックでしばらく動けない……
「しょうがないわよ!こういうときもあるわよ。タクシーで行きましょう!」
ゆりこおねえさんが肩をポンポンと叩いて励ましてくれた。
初めての電車を楽しみにしてたのにすごく残念だよ……。
足が重たいのは気のせいかな……
ショックを受けてても仕方ないや。
気を取り直して、ゆりこおねえさんが特別に手配してくれたジャンボタクシーに乗って、下北沢へ到着!
暑い中、大きな通りから小さい道を進んでいくと、
「あそこよ」
ゆりこおねえさんが指差した先に、フライヤーが貼ってある白い建物が見えてきたよ。
「ここが舞台をするところ?」
「そうよ。こじんまりとしてるわ!」
「可愛いらしい建物だなあ」
「早速挨拶へ行きましょう」
ゆりこおねえさんの後からついて階段を登ったよ。
『ステージカフェ下北沢亭』
「ここが今回の舞台の劇場よ」
「劇場っていうんだ。『準備中』って書いてあるけど、入っても良いの?」
「知り合いだから、特別に開演前にお邪魔させてもらえることになったの」
(おねえさん、まさか突っ走って無理やり押し切ったんじゃないよね……?)
初めての劇場。とってもわくわくするなあ!
「こんにちは!!」
大きな声で挨拶をして入ってみたら、まだ照明や機材の調整をしていてまだ準備中。
中は薄暗いのに、一段高くなった所だけお日様が照らしているみたいに明るくて、ぼくは何度もまばたきをしちゃった。
「ゆりこおねえさん、どうしてあそこだけ明るいの?」
「あれがステージよ。あそこでお芝居をするの」
「皆目が釘付けになりそうだ!」
ステージのすぐ正面に、いすが何列もずらっと並んでいた。横の長さは、ぼくが寝転がって4人分くらい。一番前の人とステージの間の距離は大体1メートルくらいかな。
「わあ〜面白いな〜」
劇場はこじんまりしていて声が響く! とっても良い雰囲気だ!
「こんにちは! よく来たね!」
とても元気な男の人の声に振り向くと、Tシャツ姿の男の人がにこにこと笑っている。
「山下さん! 今日は楽しみにしています。こちらは前にお話ししたまくびーくんです」
「はじめまして! 今日はよろしくお願いします!」
「こちらこそよろしく。君の話は聞いてるよ〜。この前生まれたばっかりなんだってね!」
初めてゆりこおねえさん以外の人と会って、すごく緊張しているぼくの肩を山下さんはぽんぽんと叩いた。
「改めてまくびーくん、こちらは山下征志さん。独創的な演技がウリで、今回の舞台は自分で演出・脚本・主演をしているのよ」
「自分でストーリーを作って、お芝居をするなんてすごい!」
「ははは、照れるなあ。もっと褒めて!」
山下さんはとても明るくて、ゆりこおねえさん以上にポジティブな人だ!
今回の舞台
作・演出 山下 征志
場所 ステージカフェ 下北沢亭
UMAMI劇団vol.3 山下征志ほぼ1人芝居
「さあ今だ、跳べ、征志」
山下 征志(やましたせいじ)
早稲田大学卒業後、2007年4月吉本興業(株)に入社。数多くの番組制作に携わった後、阿部サダヲさんのような俳優を志して2011年に退社。俳優・橋爪功さんが代表を務める
円・演劇研究所に入所。36期生として2年間俳優としての修行を積み、2013年より俳優として活動を開始。人柄から滲み出る人間味ある演技が持ち味。
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スタッフの皆さんもやってきて、色んな人がぼくに話しかけてくれる。
そんな中、ふと隣に立っていた山下さんがじっとぼくを見ていることに気がついた。どうしたんだろう。
「ねえ、まくびーくん……」
(えっ)
眼力のある山下さんの顔が近づいてきて、ぼくはどぎまぎしてしまった。
「ちょちょちょっと、うちのまくびーくんに何してくれるんですか山下さん!」
驚くより先にゆりこおねえさんが僕の前に踊り出て、山下さんが思わず飛び退いた。
「うわっ、なんですか突然。埃がついてたから取ろうとしただけですって」
なーんだ、ぼくの顔が汚れていたのか。それに気付いて、ぼくはちょっとほっぺたが熱くなった。
一方、ゆりこおねえさんは頭を抱えて悶絶していた。全く、大げさなんだから。
そんなぼく達をスタッフさん達も笑いながらぼくを拭いてくれた。
「みんなありがとう!」
みんな「いいってことよ!」
「まくびーくん、みんなと一緒に写真を撮ってあげる!」
ゆりこおねえさんがナイスな提案をしてくれて、山下さん&スタッフさんと一緒に写真を撮ってくれたよ。
お二方ともとっても気さく!
スタッフ「山下さーん、そろそろ袖入りお願いしまーす!」
「がんばってね!!」
「任せておいて!! 僕の勇姿を見ててね!」
そう言って去っていく山下さんの後ろ姿はかっこよかった。
あれがきっと「おとこのせなか」ってやつなんだ。
まだ開演まで時間があるから、しばらく座席で待つことになったよ。
だんだんお客さんが集まってきた。親子で来てる人もいるみたいで、賑やかになってきたよ。
そして開演時間。
劇場内にアナウンスが流れて、ふっと周りが暗くなった。なぜだか、ぼくの方が緊張してきちゃった。
スクリーンに映像が流れ出すと、皆がさっと話をやめた。
この舞台当日を迎えるまでの、山下さんのインタビューや稽古の様子が流れてくる。しーんとした室内に映像の音声が響く。
映像の中で、山下さんは笑ったり、真剣な顔をしたり、何度も同じセリフをくり返したり、汗を流して練習したりしていて、さっきのにこやかな山下さんとはまるで別人のようで、ぼくはすっかり見入っちゃった。
続くインタビューでは、脚本作りの難しさや自分のアイデアを自分自身でお芝居に落とし込む過程など、この舞台に向けた思いを熱く語っていたよ。
(お芝居が出来上がるまでは、たくさんの準備が必要なんだ)
スクリーンに映像が流れ出すと、皆がさっと話をやめた。
気がついたら、ぼくは身を乗り出してスクリーンを見つめていた。
……と思ったら、突然誰かがステージに登場して、思わず小声で叫んじゃった。
「ゆりこおねえさん、怪しい人が出てきた!」
「ふふ、嫌だもうまくびーくんったら。山下さんよ」
「ええっ、そうなの??」
サングラスに真っ黒なスーツで登場したから、全然分からなかったよ。
そうして始まったお芝居は、皆の身近にある「会議」についてのお話。
とっても面白い大人たちの「会議」の様子を山下さんが一人で表現していたよ。
「ゆりこおねえさんも会議するの?」
「するよ。」
「ゆりこおねえさんは会議好きなの?」
「私ね、生まれ変わったら会議の無い世界に住みたいと思っているの」
「・・・」
そんな会議のお芝居が終わったら急に音楽が流れてきた!
音楽に合わせて左右に大きく走ってはジャンプする山下さん。激しい動きが面白くて笑っちゃったよ。
写真を撮っていたゆりこおねえさんが、「写真がぶれちゃうわ」ともっと大笑いして、画面を見せてくれたよ。山下さんのエネルギーに世界がついていけないね!
明るいライトに照らされて、くるくる動く山下さんがとっても眩しいよ。
大きく手足を動かして右に左にジャンプする山下さんの動きに、会場中が笑いの渦に巻き込まれたよ!
「訳がわからないけど、じわじわくるわ」
「山下さん、楽しそう!」
ゆりこおねえさんはさっきから笑いが止まらないみたい。
山下さんが着替えて戻ってきた!
今度はダンス教室をテーマにしたお芝居みたい。
汗だくでおどり続ける山下さんを見ているだけで笑っちゃう。
「お腹に力をいれて我慢していると腹筋が鍛えられそうね!」
もしかしたら、ゆりこおねえさんはうんどーぶそくってやつを気にしているのかもしれない。
「場面が変わって、次は舞台俳優さんとテレビマンの話。
上手からテレビマンの格好をした山下さんが現れたと思うと、突然下手からもう一人役者さんが登場!
「頭に何か載ってるよ!」
「あれは……テレビね。しかもブラウン管の」
登場しただけで、みんなから笑いが起きたよ。
「これはどんなお話なんだろう?」
「これはね、テレビを作ってる人とテレビに出たい人のお話みたいね」
「ふーん。皆テレビ出たいんだね。僕はタモリ倶楽部かニュース23に出たいな」
「振れ幅すごいね。それともうニュース23はやってないんだよ。あと筑紫哲也さんももういないからね」
「そうなんだー。残念。そしたらドォーモ!に出たいな」
「福岡で1989年から放送されてる深夜の超人気番組ね。あれはまだやってるわ。まくびーくん詳しいのね」
「ぼくの前世はテレビマンかもね」
「まくびーくんの前世ははちという設定だから間違えないでね」
「あ、そういえば一人芝居なのに二人出てるね!」
「山下征志ほぼ一人芝居」の「ほぼ」ってこういうことだったんだね!全部一人でお芝居をするってことではなかったんだ!
最後のお芝居は、これまでとは打って変わって、シリアスな戦争がテーマ。
戦争なんて行きたくないよ!と叫ぶ山下さんのお芝居はすごい迫力だった。
戦争を知らないぼくだけど、心に響いてきてじーんとしちゃったよ。
最後の挨拶で一緒に共演した瀬尾卓也さんを呼ぶと、瀬尾さんがもう一度ステージに登場。
みんな大きな拍手で迎え、ぼくも皆に負けじと拍手を送ったよ。
「95%の山下さんに、5%の瀬尾さんという最高のスパイスを加えて出来上がったのがこの舞台なのね」
ゆりこおねえさんの感覚だと、お芝居とお料理は同じまな板の上に乗っているみたいだ。
4本の作品の主人公を、全く違うキャラクターで演じきった山下さん。
生でお芝居をするってすごいことなんだ! 笑ったり、うるっとしたり、声や音楽がぐんぐん迫ってきて、あっと言う間に時間が経っちゃった。
誰にも負けないくらい大きく拍手をしたよ!
山下さんの挨拶のあとにはグッズのTシャツ販売についてもお知らせをしていたよ。
「今なら上目遣いのぼくと目を合わせ放題のこの山下Tシャツ、お値段なんと1,500円!」
最後までお客さんに笑いを届ける山下さん。あっぱれだね!
終演後には、山下さんがお客さん一人ひとりに声をかけてお見送りをしていたよ。
お客さんの幸せそうな顔を見ていたら、ぼくも嬉しくなってきたよ!
お手伝いを頼まれたから、山下さんの隣で一緒にお見送りをしたよ。
「まくびーくん、今日は見に来てくれてありがとう。どうだったかな?」
「笑ったり、しんみりしたり、すっごく面白かったよ! お芝居ってこんなに楽しいものなんだね! ゆりこおねえさんも連れてきてくれてありがとう!」
ステージを縦横無尽に走り回ってジャンプしてパワフルで、楽しかった。
ライトに当たる山下さん、キラキラしてたよ!
山下さんもスタッフさん達も今日初めて会ったばかりなのに、とっても優しくしてくれてぼくの方が皆から幸せをもらったよ。
山下Tシャツはぼくのサイズが売ってなくて、買ってもらえなかったんだ。でも実は
ゆりこおねえさんが、ぼそっと「タクシー代……」と呟いたのは、聞かなかったことにしておいたよ。
次はどんな場所にお出かけしようかな!
★おまけ
山下さんのお友達の森田紗英さんが観に来てたから、ゆりこおねえさんに写真を撮ってもらったよ!
すごく笑顔が可愛くて優しかったんだよ!この写真はみんなに自慢しちゃおっと!
■まくさんぽシリーズ一覧
第1回「着ぐるみ工場を見学しよう!」>>
第2回「下北沢で舞台を観よう!」>>